ガイド模様 L2万葉人も詠んだ日本遺産・龍田古道

万葉人も詠んだ日本遺産・龍田古道」(2022.3.20)
~万葉歌人高橋虫麻呂らが龍田山を越えた道を、ご一緒に歩きませんか~

龍田山に坐し、都の西の入口を守護する龍田大社から亀の瀬まで、
日本遺産「龍田古道・亀の瀬」をウオークし「亀の瀬地すべり資料室」で
その歴史背景を学習します。

(行程)
 信貴山下駅⇒ 龍田大社⇒ 磐瀬の杜⇒ 三室山展望台⇒ 峠八幡神社⇒
 亀の瀬桜並木(昼食)⇒ 亀の瀬地すべり資料室(トンネル見学)⇒ 河内堅上駅
  
信貴山下駅前03020(出発)

 近鉄信貴山下駅に集合。
 前日の雨が嘘のように晴れ渡り、今日は絶好の
 ウオーク日和です。




山上憶良の歌碑(山上憶良の碑)

 ケーブルカーの横に山上憶良の歌碑があります。
 この歌は、旅人が大納言に昇進して奈良に帰京
 する時に、はなむけの宴で山上憶良が詠んだ歌
 です。



龍田大社(龍田大社)

 創建は、今から二千百年前崇神天皇の時代です。
 主祭神は、「天御柱大神・国御柱大神」の二柱で、
 風神として信仰されています。
 個人による信仰も篤くオリンピックの
 スキージャンプ選手も参拝されています。


峠八幡神社(磐瀬の杜)

 磐瀬の杜に、鏡王女の「万葉歌碑」がありました。
 「神奈備の 磐瀬の杜の呼子鳥
         痛くな鳴きそ 吾が恋いまさる」
 恋心を掻き立てる歌ですね。



不審ヶ辻子町看板前(峠八幡神社・地蔵堂)

 大和と難波の国境にあたる坂道(標高78m)に
 峠八幡神社があります。
 地蔵堂には、石を浮き彫りにしたやさしいお顔の
 地蔵菩薩座像が安置されています。



奈良町資料館(亀の瀬地すべり資料室)

 亀の瀬の地すべりの仕組みや過去の被害状況など、
 パネルや模型展示を利用して判りやすく説明してい
 ます。
 亀の瀬が地すべりで埋まると、大和川が堰き止め
 られ奈良盆地は水没してしまいます。
 

塔跡と梅(旧大阪鉄道亀瀬隧道のトンネル)

 世界最大級の地すべり対策工事をされています。
  昭和7年の大規模な地滑りの時に崩壊したと思
 われていた120年前もの鉄道トンネル(旧大阪
 鉄道亀瀬隧道)が残存していて、見学することが
 できました。



龍田古道には、その場所ごとに様々なキーワードがあります。
今回は、「龍田大社にまつわる信仰」「万葉集」「地すべりへの恐怖」「鉄道」と言ったワードを中心にガイドをさせて頂き、お客様に楽しんでいただきました。
                            写真・文 : 伊丹 靖

ガイドの模様 L1

ならまち・なるほど・なまえの由来(2022.3.12)
   〜不思議な町名の謎解き、地形や民話もご紹介〜

 「ならまち」は、平城京の外京だったところです。その後元興寺や興福寺の
 門前町として栄え、近世以降奈良を代表する商業地として栄えました。
 今回は歩くコースが書き込まれた地図を見ながら町名にスポットをあてて巡ります。 

(行程)
  『近鉄奈良駅』⇒『猿沢池』⇒『史料保存館』⇒『鳴川町』⇒『花園町』⇒
  『不審ヶ辻子町』⇒『奈良町資料館』⇒『庚申堂』⇒『塔跡』⇒
  『御霊神社』⇒『元興寺』
 
近鉄奈良駅集合(近鉄奈良駅集合)
 念入りに打ち合わせをするスタッフ達。
 晴天に恵まれ、コロナ禍で延期になっていた
 ツアーの始まりです。
       





今御門町看板前(今御門町看板前)
 ありました!町名看板。このあたりは元興寺の
 旧境内の大きな北の門があったところです。
 上街道の入り口で、長谷寺や伊勢神宮への参詣時
 に通る道として賑わっていたこともご案内。





餅飯殿辨財天(餅飯殿辨財天)
 「餅飯殿って誰のこと?」「どうしてここに辨天
 さんがお祀りされているの?」とお客様。
 民話をご紹介すると「なるほど!だから餅飯殿町
 っていうのね」と。





ならまちの老舗店(ならまちの老舗店)
 今回は、スイーツやカフェの老舗や新しいお店も
 ご紹介。ならまちを歩くと奈良格子もあり、鹿と
 共存する工夫も奈良ならではの見所です。





不審ヶ辻子町看板前(不審ヶ辻子町看板前で)
 昔、元興寺に出た鬼を退治するため元興寺の道場
 法師が追いかけ見失った場所といわれるのが
 不審ヶ辻子の由来。
 さて、鬼はどこに逃げてしまったのでしょう。





奈良町資料館(奈良町資料館)
 「ならまち」といえば目にする赤い身代わり猿。
 民間に広まった庚申信仰のご本尊・青面金剛
 さんは 疫病退散させる威力があると聞いて、
 お客様も興味津々。





塔跡と梅(元興寺塔跡)
 「元興寺に五重塔があったの?」満開の梅の香り
 も楽しんで、礎石を眺め往時を偲びます。
 季節の花が次々に咲く静かな境内です。






元興寺着(元興寺前)
 今のならまちのほとんどが、元興寺境内だった
 ことに驚かれるお客様。浄土信仰に地蔵信仰など
 様々な信仰があるのもならまちの特徴です。
 「あの地図をもう一度見直して、今度また行って
 みます」と笑顔で帰っていかれました。




 ならまちは、町名に注目すると次々に新たな発見があります。
 「今まで歩いていたのに気づかなかった」とおっしゃるお客様も多く、初めての方も
 リピーターの方もそれぞれに楽しんでおられました。
 
                       文:増田優子  写真:竹内和子

ガイドの模様 K6 

信貴山に2つの城跡を訪ねる(2021.11.20)
~天智天皇が築いた高安城(き)倉庫跡から松永久秀終焉の地信貴山城跡へ~

 1358年前、白村江の戦いに敗れ撤退を余儀なくされた大和軍は、
 国の存亡をかけて高安山に最終防衛ラインとしての城を築きます。
 その城跡とされる倉庫跡と、444年前、一時期は大和を制圧し栄華を誇っていた
 松永久秀が築城し、後に織田信長に攻められ自ら命を絶ったとされる信貴山城跡。
 時代を経てもなお爪痕を残す兵どもが夢の痕を訪ねました。

(行程)
  近鉄信貴山口駅⇒高安山駅⇒高安城跡⇒高安城倉庫跡⇒
  松永屋敷跡⇒信貴山城跡(空鉢護法堂)⇒朝護孫子寺霊宝館⇒
  本堂⇒剱鎧護法堂
 
出発K6(出発)
 さわやかな秋晴れの元、近鉄信貴山口駅から
 ケーブルカーで高安山駅迄移動します。
 高安山駅でコース説明の後、事故防止のための
 準備体操を終えて、いよいよスタートです。 





高安城(高安城跡)
 今は「高安山気象レーダー観測所」になっている
 あたりが高安城(たかやすのき)の候補地です。
 高安城説明板のところから案内が始まります。





高安城倉庫跡(高安城倉庫跡)
 今から43年前「高安山を探る会」によって高安城
 の倉庫跡礎石が発見されました。
 1300年の眠りから覚めた倉庫跡から、奈良盆地の
 眺望を楽しみます。





松永屋敷(松永屋敷跡)
 信貴山の北尾根を利用して設けられた松永屋敷跡
 です。
 城造りに長けた松永久秀らしく、複数の曲輪を土塁
 や切岸などを設け、万全の防御体勢を敷いていた
 ことが伺えます。



本殿(朝護孫子寺本堂前)
 本堂横の霊宝館で「信貴山縁起絵巻」などを
 見学したあと、本堂でご本尊の毘沙門天に
 お参りしました。





大虎(大虎)
 信貴山と言えば「大虎」。
 来年は寅年とあって新年早々にイベントが
 目白押しです。
 この後「剱鎧護法堂」に立ち寄り、参加された
 皆さんの健康をお祈りしました。


「高安山」と「信貴山」の2つのピークを踏破するトレッキングコースとなりましたが、
参加者全員が無事下山。信貴大橋バス停でバスを待つ間には、皆さんの笑顔と笑い声が
溢れ、楽しかった一日をうかがい知ることが出来ました。

                    文:西川年文  写真:磯村洋一・生島宏次

ガイドの模様 K7 

聖徳太子を感じよう!太子道を歩く(2021.11.23)
   〜太子1400年御遠忌の年、太子の通勤路を体験します〜

 太子道は聖徳太子信仰が成立した後は、聖地を連絡する道として重要視され、
 沿線には太子ゆかりの伝承が多く残り、1400年の時を経て、今なお太子信仰が
 受け継がれています。  

(行程)
  JR法隆寺駅⇒上宮遺跡公園⇒飽波神社⇒案山子公園⇒油掛地蔵⇒
  面塚(昼食)⇒白山神社・屏風杵築神社⇒黒田大塚古墳⇒
  法楽寺(孝霊天皇宮跡)⇒近鉄黒田駅
 
出発(出発)
 前日の雨も上がり、気温は低く、風が強かったが、
 晴天に恵まれ、絶好の日となりました。
 リーダーからコース説明の後、5班に分れて、
 さあJR法隆寺駅から出発です。       





上宮遺跡公園(上宮遺跡公園)
 太子の飽波葦垣宮(あくなみあしがきのみや)が
 この辺りにあったとされています。
 公園内にあります、歌碑の一つの前にて、
 第一班の歌の解説です。





飽波神社(飽波(あくなみ)神社)
 太子創建と伝えられ、飽波宮跡とも言われて
 います。 境内南東にあります、太子腰掛石
 と称される石の前で第五班の説明です。 
 太子の案山子が迎えてくれています。
 神社の前の道路は斜めになっており、
 太子道の面影を残しています。



面塚(面塚)
 斑鳩町から安堵町を経て、川西町の寺川の右岸
 にやって来ました。
 川西町結崎は、大和猿楽四座の一つ
 観世座(結崎座)の本拠地でした。
 面塚と刻んだ碑の前です。ここの公園で昼食です。




白山神社(白山神社)
 白山神社は、三宅町にあります。
 古代、天皇の直轄地を屯倉(みやけ)と称して
 いました。
 写真は、黒駒に乗る太子像の前です。
 境内には太子が休息するため腰をかけたとされる
 腰掛石もあります。
 道路を隔てて向かい側に屏風杵築神社があります。


法楽寺(法楽寺)
 田原本町黒田にあります、第7代孝霊天皇の
 黒田廬戸(いおと)宮跡に聖徳太子が建立した
 と伝わる、法楽寺の門前です。
 法楽寺は、現在は奥にみえる一堂を残すのみです。
 また、「桃太郎」誕生の地と伝わる説明板も
 あります。



 聖徳太子建立の法隆寺のある斑鳩町から出発し、田原本町までの
 5町・9kmを一人の脱落者も出ず、全員歩ききりました。
 太子ゆかりの地を各班良くまとまり、予定時刻を遅れることもなく、
 熱心に太子道を体験いただけました。
 
                       文・写真:坂口 隆信

ガイドの模様 K3

不思議!奈良公園の天然記念物と巨樹(2021.10.23) 
   〜愛らしい鹿の伝承や天然記念物の実態・意外な巨樹を巡る〜

 天然記念物が制定されて一昨年で百周年。
 その節目にあたり、日頃はあまり気づ かれない身近な奈良公園の
 動植物の実態と禁伐下で育った巨樹をご案内しました。

(行程)
  近鉄奈良駅⇒菩提院⇒飛火野⇒春日野東屋(昼食)⇒鹿苑⇒春日大社⇒
  春日山遊歩道(入口)⇒二月堂⇒県庁横バスターミナル⇒近鉄奈良駅 
 
受付(改)(受付の様子)
 今日は晴天です!
 前回と前々回は雨で流れて「3度目の正直」
 です。スタッフも張り切っています。
 3回連続で申し込まれたお客様も多く
 おられました。 出発前、鹿にお菓子など
 を与えない様にお客様にお願いしました。





菩提院(改)(菩提院)
  「石子詰め」伝説で知られる「三作塚」。
 伝説では死罪になった三作少年(息子)のために
 亀の背中に供養塔を建て、紅葉の木を植えた
 母(おみよさん)の愛情深い息子への想いが
 秘められています。 






ルーミスシジミ(改)(ルーミスシジミ)
 奈良県では絶滅寸前種になっている小型の蝶
 「ルーミスシジミ」。生息地として春日山の
 局地的な場所2か所が天然記念物に指定され
 ています。
 ルーミスシジミが産卵する「イチイガシ」の前で
 熱心に説明を聞いています。





春日神社ナギ樹林(改)(春日神社ナギ樹林)
 春日大社の御間(おあい)型燈籠が並ぶ所です。
 ナギの純木が樹林になることが極めて稀という
 ことで天然記念物に指定されています。
 葉は縦方向に引っ張ってもちぎれない事から
 夫婦円満、縁結びにご利益があるそうです。






春日山原始林(改)(春日山原始林)
 市街地に接近した原生林は極めて珍しい事から
 特別記念物に指定。
 現在では「ナラ枯れ」「鹿との共生」「外来種の拡大」
 などで、本来の森林生態が変わる事が懸念されて
 います。 
 深刻な問題にお客様も真剣に聞き入ります。





ヤエザクラ(改)(知足院ナラノヤエザクラ)
 今はバスターミナルやスターバックスで目立た
 ない存在ですが、ここは古くから由緒ある場所で
 県知事の石碑や「知足院ナラノヤエザクラ」の
 遺伝子を持つ桜が植樹してあります。
 ガイドさんの面白い説明に聞き入るお客様たち。




 一般のお客様にも分かりやすく説明をして、和気あいあいとした雰囲気の中で、
 鹿の伝説や日頃は余り気づかれない奈良公園の天然記念物や巨樹に、
 お客様も目や耳を傾けて楽しく過ごされました。

                       記事:扇 純子  写真:竹内 和子

ご挨拶

奈良まほろばソムリエの会        ガイドグループ

奈良まほろばソムリエの会        ガイドグループ

NPO法人
奈良まほろばソムリエの会

奈良に精通する人材を認定する「奈良まほろばソムリエ検定」(奈良商工会議所主催)の最上級「奈良まほろばソムリエ」の合格者をはじめとする奈良を愛する人々の集まりです。