ご好評ツアーの様子(當麻の里)

當麻の里 中将姫伝説と花咲く石光寺(2019.4.14)
   ~面かぶり体験と練供養会式~


 中将姫は宝亀6(775)年3月14日、二十五菩薩のお迎えを受け、生きたまま極楽浄土に迎えられました。それを再現した「聖衆来迎練供養会式」は今回で1246回となります。今年から4月14日に執り行われます。練り供養当日しか体験できない面かぶり体験と、周辺の史跡を巡りながら當麻の春を感じていただくツアーです。

<行程>
近鉄当麻寺駅→當麻寺・護念院→福祉ステーション(昼食)→傘堂→鳥谷口古墳→
高雄寺→石光寺→中将姫墓所→當麻寺解散後練り供養見学  (歩行距離5km)


近鉄当麻寺前<近鉄当麻寺駅前>
 4月14日(日)、雲行きが怪しい中、
近鉄当麻寺駅10時に参加者18名、ガイド・サポーター10名が集合しました。


中之坊前<中之坊前>
 中将姫が剃髪した中之坊で、誕生から出家までじっくりお話します。高貴な家柄に生まれた姫が継母の讒言により殺されそうになるも、家臣に助けられ宇陀の山中に匿まれます。父豊成と再会し都に戻りますが、姫は二上山に沈む夕日に極楽浄土の姿を見、當麻寺で出家し尼となります。中将姫伝説を熱心に聞いていただきました。


面かぶり体験<面かぶり体験>
 護念院ではご住職の講話、練り供養のビデオを見た後、ご利益を授かろうと順番に並んで実際に使用されるお面をかぶる体験をします。


當麻寺極楽堂前<當麻寺極楽堂前>
 本堂―今日は極楽堂といいます。その前で由緒を話します。創建時は三論宗。後に真言宗と浄土宗が共存。その不思議な由来の話に関心を持たれ、話に熱が入りました。
 練り供養の日だけ公開される裏板曼荼羅の説明をした後、本堂を拝観します。


山吹咲き誇る小道<山吹咲き誇る小道>
 昼食後傘堂へ向かいます。

 小道には山吹が咲き誇っていました。


傘堂<傘堂>
 傘堂は郡奉行を務めていた吉弘統家が主君の郡山藩主の本多政勝の菩提を弔うため延宝2(1674)年建立した位牌堂がはじまりです。

 いつの頃からか周囲を巡り、安楽往生を願う民間信仰が生まれました。


鳥谷口古墳<鳥谷口古墳>
 鳥谷口古墳は昭和58(1983)年、土取り工事中に偶然発見された7世紀後半の方墳です。横口式石槨と呼ばれる小石室で、石材が家形石棺のふたが転用され、急造された可能性が高いことから、大津皇子の墓ではないかとされている古墳です。写真を見せて変てこであることを説明します。


高雄寺<高雄寺>
 高雄寺では恵心僧都源信にまつわる話をします。子宝に恵まれなかった女性が高雄寺の観音様に願いをかけたところ、授かったのが後の源信です。源信は當麻曼荼羅に帰依して、中将姫の昔を慕い聖衆来迎の様子を再現するために二十五菩薩の装束と仏面を寄進したのが、當麻の練り供養の始まりです。源信の幼少時のエピソードもふまえてお話しました。


石光寺 石光寺牡丹
<石光寺>         <石光寺牡丹>
 石光寺に向かいます。天智天皇の時代に光を放つ石が見つかりこの石に弥勒如来を彫って堂宇を建てたのがはじまりのこのお寺は、1971年弥勒堂改築の際に白鳳期の石造如来坐像が出土し伝説は本当だったと注目されました。

 また、境内には「染の井」、「糸掛桜」があり、中将姫ゆかりの寺でもあります。
葉に乗ったカタツムリ、雨の雫を受けた牡丹を観賞しながら、ゆったりと境内を散策します。

練り供養<練り供養>
 中将姫墓所を抜け當麻寺へ戻ります。
 小雨が降る中、15時半から会式が始まりました。普段なら観音菩薩は両手で蓮台を左右に救い上げる所作を繰り返して進みますが、この日は合掌をしていました。


 天候不順なため実施するか迷いましたが、練り供養見学を心待ちにしていた参加者から、中将姫伝説を聞けて良かった・丁寧な案内で楽しかった・又ガイドをお願いしたいというお声を頂きました。

 傘を閉じたり広げたりと煩わしいこともありましたが、けが人もなく無事終了しました。皆様お疲れ様でした。

文:寺田麻美  写真:西川年文


ご挨拶

奈良まほろばソムリエの会        ガイドグループ

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