トピックス:粟原から忍坂・外山を巡る

粟原から忍坂・外山を巡る(2016.11.05)

<行程>
桜井駅南口(集合)―粟原寺跡―越塚古墳―赤坂天王山古墳―石位寺―舒明天皇陵―瀧川寺社建築―報恩寺―桜井駅南口(解散)

  好天に恵まれ、気持のよいスタートを切ることが出来ました。桜井駅からバスで粟原へ、バス停から急坂を15分で行程の最高地点である史跡粟原寺跡へ到達。中臣大嶋の発願により草壁皇子の菩提を弔うために694~715年にかけて建立された寺院の跡です。何時の時代かは不明ですが、山崩れにより倒壊、現在は塔・金堂他の30基程の礎石を残すのみです。

粟原寺跡
   <粟原寺跡にて>

 西に2km程歩き、越塚古墳へ。6世紀後半築造と思われる円墳で、築造主体・被葬者などは不明。組合式石棺の一部(底石)が残ります。更に西に1.5km程、赤坂天王山古墳へ。6~7世紀築造の方墳で、一辺45m程の規模を誇ります。巨石を持ち送った、高さ6mの玄室に巨大な刳抜き式石棺を納めます。真の崇峻天皇倉梯岡陵とするのが定説です。

天王山古墳   玄室内部
<天王山古墳開口部より石室内へ> <天王山古墳玄室内部(手前が刳抜き式の石棺)>

  石位寺では、管理する忍坂区の方々総出(?)の歓迎を受け、50分の昼食休憩を取りました。極めて保存状態の良い高さ1m強の三尊石仏は白鳳時代の重要文化財です。この三尊石仏については「粟原流れ(倒壊した粟原寺から散逸した寺宝のこと)」の伝承があります。

三尊石仏

  最初の八角形墳とされる舒明天皇忍坂陵の巨大さに接した後、国道を隔てた近くの株式会社瀧川寺社建築へ。宮大工の大御所瀧川昭雄会長による講話は90分に及びましたが、全員興味津々の様子でした。
  
瀧川昭雄会長   お客様

  最終訪問先は外山区の報恩寺です。昨年(27年)本堂を立派に改築し、奈良国立博物館に寄託されていた木造阿弥陀如来坐像(平安時代後期、像高216cmで周尺による丈六坐像)が里帰りされました。穏やかな顔つき、体躯のやや薄いバランスのとれた作風は定朝の可能性があります。確認が取れないので、博物館時代から定朝様(よう)と称されていました。お寺の開基は不明ですが、天和年間(17世紀後半)に大像を本尊として受け入れたことが伝わっています。「粟原流れ」が確実と考えられます。

阿弥陀如来坐像
<報恩寺 阿弥陀如来坐像>

  さすがに秋の風が冷たく感じられる頃、予定よりやや遅れての桜井駅到着となりましたが、ご参加の皆様には大変ご満足の様子でした。スタッフの方々のご協力にも感謝致します。
 

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