トピックス(地域別 リスト)

トピックス 地域別リスト
  これまでのガイドツアーの様子を掲載しています。



 奈良市内
    年に一度の鑑真像にまみえ古刹三松寺へ(2018.6.5) icon4newpink.gif
    ならまちの中将姫ゆかりの地を巡る(2018.4.15)
    五色の椿が咲く白毫寺をめざして(2018.3.24)
    知られざる?世界遺産・春日山原始林(2017.12.3)
    阿修羅の世界を訪ねる(2017.9.20)



 奈良県北部
    郡山百万石の城下散策(2016.10.30)



 奈良県西部
    大津皇子が眠る二上山の麓を歩く(2018.4.21) icon4newpink.gif
    つらつら椿を愛でる巨勢の道(2018.4.8)
    葛城の道―古代の大豪族・葛城氏の本拠地を巡る(2017.11.5)
    當麻寺「練供養」と中将姫ゆかりの地巡り(2017.5.14)



 奈良県東部
    天理市東部を縦断する(2017.10.08)
    ミステリーツアー知られざる北山辺の道(2017.3.25)
    粟原から忍坂・外山を巡る(2016.11.05)



 奈良県南部
    蘇我氏ゆかりの飛鳥の地をめぐる(2018.5.13) icon4newpink.gif
    桜咲く頃、今井町の町並み再発見!(2018.4.1)
    幻の大官大寺を追いかけて(2017.11.19)
    滝の織りなす聖地・吉野龍門の里を歩く(2017.9.30)
    キトラ・マルコ・高松塚の飛鳥三兄弟古墳を散策(2017.4.16)

トピックス(座禅体験)

年に一度の鑑真像にまみえ古刹三松寺へ(2018.6.5)
     ~唐招提寺秘仏と大和盆地唯一座禅体験~


鑑真和上坐像の御開帳に合わせて「唐招提寺」を訪ね、「西方院」では秘仏・快慶晩年の作「阿弥陀如来立像」を拝観。大池西岸からは、遠く薬師寺や興福寺五重塔を望み、最後は三松寺でたっぷり90分の座禅体験。

<行程>
近鉄 西ノ京駅→唐招提寺→西方院→龍蔵院(昼食)→大池西岸→三松寺→近鉄 九条駅 
(約5.5キロ)


H30.6.5(火)晴れ。朝9:30、お客様22名、ガイド7名が6班に別れ、近鉄・西ノ京駅を、いざ、出発。お客様は、主に県内を中心に近畿圏の方でしたが、遠くは名古屋方面からも参加いただきました。

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<唐招提寺南大門(再建)>              <江戸時代の改造で屋根が美しい金堂>
唐招提寺では法隆寺東大門を参考にした三棟造の南大門を潜り、境内へ。正面に金堂が現れます。廬舎那仏を初め9体の国宝を拝観しました。 千手観音立像では、大正と平成の修理の模様を対比して説明。保管庫内で、外された大小953本の脇手がその本体を取り囲むように並べられた写真には、皆さんから驚きの声があがりました。


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<講堂の東側から見た全景>
続いて、鑑真和上が当寺を開創するに当たり、平城京の東朝集殿を移築、改造したと言われる講堂に向かいます。堂内には四天王の内、持国天と増長天だけが安置されていました。果たして多聞天と広目天は何処に?

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<5/19撮影・うちわまきの様子。抽選でいただいたうちわ>
鼓楼では、覚盛上人を偲ぶ法要「梵網会(うちわまき)」の謂れと今年の模様を。法要は、お寺の中興の祖・覚盛上人の祥月命日5/19に行われます。今年は朝9時から並んだ500名に、午後2時、鼓楼からうちわが撒かれ、参加できなかった1000名にも抽選(緑の札が当たり)で配られました。今日、売店では1本1000円で販売されていました。

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<奥は工事中の御影堂>
鑑真和上坐像や東山魁夷氏の障壁画を安置する御影堂は現在修理中で、2020年までかかるそうです。今回は、近くまで入ることができ、曳家での工事中の様子の一端を見ることができました。

お身代わり像は、普段の開山堂から地蔵堂に場所を移して展示。その前で「鑑真は目が見えた?」「お身代わり像制作の際、和上像は他の脱活乾漆像とは造像方法が異なる新発見があった」等、近年の研究成果も披露、お客様には、鑑真像をより身近に感じてもらえたようでした。

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鑑真和上の墓所、開山御廟にお参りしました。

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<5/9に撮影した満開の瓊花>
趙紫陽首相から送られた
鑑真の故郷・揚州の花「瓊花」が
墓前に植えられていました。


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<東室と礼堂の前>      <経蔵の前の様子>
東室と礼堂(東室の前8間を改造)の前では、かつての三面僧房の風景を法隆寺の聖霊院、三経院の改造を交えて案内。また、新田部親王邸の米蔵を改造した日本最古の校倉造りの「経蔵」と寺の創建に合わせて建立された少し大きい校倉造りの「宝蔵」を巡ります。

最後に新宝蔵に向い、年に一度の「鑑真和上坐像」にお目にかかりました。

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<西方院の無縁仏の前で>
西の丘にある唐招提寺奥の院、西方院に向かい、快慶晩年の作・秘仏「阿弥陀如来立像」を拝観。境内には中興二世・證玄(覚盛上人の弟弟子)の他、桂昌院や綱吉の帰依が深い護持院隆光の五輪塔があり、また、数多くの無縁仏に圧倒されました。

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<歴代の薬師寺僧の墓>              
少し南に下ると、龍蔵院、薬師寺の奥の院とも呼ばれる墓所。お寺の復興に貢献された高田好胤氏や歴代の薬師寺僧の墓が静かに佇んでいました。
ここで昼食。ちょうど12時でした。

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<大池から東方を遠望する>
さらに南へ、万葉集に「勝間田の池」と詠われた大池西岸を歩き、東方に薬師寺、その先に興福寺五重塔、若草山を遠望。写真家・入江泰吉氏の作品に取り上げられた奈良を代表する風景の一つですが、万葉歌と共に楽しんでいただきました。

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<三松寺門前>                    <座禅に入る様子>
最後は三松寺で座禅体験。まずは皆川住職の法話に始まり、正装に身を包み、達磨太子の大きな絵が掲げられた座禅堂で、座禅開始。脚、手を組み、姿勢を整え、呼吸と心を調えます…。椅子座禅もあり、あっという間の90分でした。

その後、近鉄九条駅に向かい、15:30解散。皆様、お疲れ様でした。

唐招提寺と西方院の秘仏御開帳に合わせた拝観の他に、参加型プランとして座禅体験をセットしましたが、本格的な座禅は初めての方も多く、「楽しい経験をしました」との声を皆さんからいただきました。

座禅参加が思っていたより良かった、よい時間を過ごさせて頂いたとの声が多くの方から寄せられました。また、同様の機会設定を次回期待しますとのご要望もいただきました。

トピックス:(蘇我氏ゆかり)

蘇我氏ゆかりの飛鳥の地をめぐる(2018.5.13)
     ~蘇我本宗家興亡の足跡をたどる~


蘇我氏発祥の伝承地や権勢誇示の儀礼実施の場(軽の衢)最初の仏教受け入れの邸宅跡、蝦夷・入鹿の双墓推定地を訪ね、乙巳の変に至る蘇我本宗家の盛衰の地を歩きました。

<行程>
橿原神宮前駅東口→丈六交差点→軽寺跡→五条野丸山古墳→孝元天皇陵→
和田廃寺跡→豊浦宮跡(向原寺)→甘樫丘→東麓遺跡→小山田古墳→菖蒲池古墳→
五条野宮ケ原1・2号墳→梅山古墳→飛鳥駅 (約10キロ)


天気予報は雨。にもかかわらず21名が参加。5組に分かれて順次出発です。仏教伝来の頃にタイムスリップして古代に思いを馳せ、歴史の舞台を訪ねました。

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<堅塩姫の改葬が行われた軽の衢>
橿原神宮前駅東口の交差点は下つ道と山田道が交差し、古代には軽の衢と言われ大いに栄えた地であり、推古20年堅塩姫(欽明天皇の后・稲目の娘)の改葬が大々的に行われたと書紀にあります。

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<五条野丸山古墳>
前方後円墳で時期の異なる石棺が2つ置かれています。被葬者は欽明天皇とも稲目とも。奥棺が堅塩姫のものであったのならば、大々的な儀式後に欽明陵に改葬、欽明陵ならば大々的な儀式後に追葬されたとなります。

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<孝元天皇陵>
第8代孝元天皇陵に。孝元天皇の子孫に武内宿祢が出て、その後裔に蘇我氏が列挙されています。ここは蘇我氏のルーツ?

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<剣池(現石川池)>
御陵の剣池から644年1本の茎から2つの花を咲かせた蓮が見つかり蝦夷は「蘇我が栄える瑞兆だ」と喜び飛鳥寺の仏に献上しますが1年後乙巳の変で滅びます。

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<和田廃寺跡>
この和田の地には蘇我本宗家だけでなく葛木臣、田口臣、田中臣等が群雄割拠していて各々が寺院を建立します。和田廃寺は葛木寺とされ、葛木臣は名家とされていました。

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<豊浦寺跡(向原寺)>
欽明天皇に仏像を授けられた稲目は向原の家を仏堂とします。向原寺境内の下層には稲目の家、豊浦宮、豊浦寺の重層した遺構が見られます。豊浦寺は飛鳥寺とセットになる尼寺です。
盗難に遭って戻ってきた白鳳の観音像を見せてもらい蘇我氏と物部氏の仏教を巡る争いの難波池も覗きました。

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<展望台への道>              <甘樫丘展望台>
甘樫丘の休憩所の屋根から落ちる雨雫を恨めしく見ながらの昼食。雨が本降りとなってきました。甘樫丘に登り、展望台より東に飛鳥寺、北西に豊浦寺跡を眺めます。ここからは飛鳥が一望できます。

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<甘樫丘東麓遺跡>
蝦夷・入鹿は甘樫丘を城塞とし、「上の宮門」「谷の宮門」と呼ぶ邸宅を構えますが、乙巳の変後、蝦夷は邸宅に火をかけ自害。この時天皇記も焼けてしまいました。邸宅跡は夏木立となり緑雨にけぶっていました。

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<小山田古墳・明日香養護学校の敷地内><菖蒲池古墳・奥に石棺がもう1こあります>
蝦夷と入鹿は生前双墓を作ったと日本書紀に書かれていますがそれがどれであるのか?甘樫丘の南にある小山田古墳?菖蒲池古墳?その西方の宅地開発されてしまった五条野宮ケ原1号墳・2号墳も大変怪しく結論はなかなか出そうにありません。2つの双墓を眺め、いったいいずれの方がねむっているのか、などとあれこれ考えながら飛鳥駅へと向かいました。

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<水嵩が増えた池>
蘇我氏のそもそもの成りたちは歴史のなぞです。他の豪族に対して自分の系譜を立てるために伝説的天皇である第8代孝元天皇の子孫であると自称し、天皇家と姻戚関係を結び、蕃神の仏教を取り込むことで、大陸の文化・技術・帰化人を集める力を持ち、天皇家をもしのぐ存在となるや乙巳の変で蘇我本宗家は消えてしまいます。日本書紀は勝者の記録ですので実態は歴史の中に葬られてしまいました。

大雨の中の健脚向きの10kmは靴の中まで濡れてしまいましたが、大変印象深いガイドでしたと喜んでもらえました。ご参加ありがとうございました。

文・写真 ガイドグル―プ 前田景子

トピックス(二上山)

大津皇子が眠る二上山の麓を歩く(2018.4.21)
     ~悲話を聞き、石光寺から當麻寺へ~


無実の罪で処刑された大津皇子、その無念の物語に触れてみるというのがツアーのコンセプトです。大津皇子ゆかりの加守廃寺、鳥谷口古墳、万葉歌碑を巡り、大津皇子を偲んで歩いて頂きました。

<行程>
近鉄二上神社口→加守廃寺→二上山ふるさと公園→石光寺→高雄寺→
福祉総合ステーション→傘堂→鳥谷口古墳→大伯皇女の歌碑→大津皇子歌碑→
當麻寺(約6km)

4月21日、天候に恵まれ、初夏を思わせる気温の元、心地良い風に吹かれながらのツアーとなりました。午前10時近鉄二上神社口駅に集合し、参加者36名が4班に分かれて出発しました。

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<加守廃寺>                            
南遺跡の今は草で覆われている、長六角堂跡を発掘調査時の画像を見て頂きながら説明しました。

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※加守廃寺から二上山ふるさと公園へ移動途中の
新緑に覆われる、二上山遠望。
二上山が産んだ三つの石や「太陽の道」のお話を
しました。


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※二上山ふるさと公園にて、日陰で小休止を兼ね、
大津皇子にまつわるお話をしました。


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<石光寺>
天智天皇の時代、光明を放つ大石が掘り出され、
天皇はその石に弥勒仏を彫らせて堂を建てて
祀ったという。


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ボタンや藤が満開でした。

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「染の井」の前で中将姫伝説を語りました。

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<高雄寺> 
當麻寺練供養会式を始めたという
恵心僧都源信の話をしました。


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<傘堂>
一本柱の上に屋根だけの建物。
心柱に触れながら3周するとポックリ往生の
願いが叶うと。


鳥谷口古墳
<鳥谷口古墳>
大津皇子の墓だとする説を説明しました。
こんな小さな墓に埋められたのか、
と興味深々に見ておられました。


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<大伯皇女の歌碑> 
ここから、二上山が望めないのが残念です。


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<大津皇子の歌碑>
草壁皇子とは政治上だけでなく、
女性関係でもライバルであった。


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<當麻寺>
お寺の歴史や伽藍配置の特徴を初め、
中将姫伝説と練供養会式を詳しく説明しました。


参加された方は、リピーターの方が多く、目が肥えておられる様子だったので、
運営に気をつかいました。
「関西花の寺」石光寺のボタンは満開でちょうど見ごろでした。
広い庭につつじや藤も咲き誇り、参加された方も、さかんに写真を撮っておられました。
歩行距離もほどよく、皆さんご満足の様子でした。皆さんご参加有難うございました。

文/写真 ガイドグループ 坂口隆信

トピックス(中将姫ゆかり)

ならまちの中将姫ゆかりの地を巡る(2018.4.15)
     ~徳融寺で當麻曼荼羅絵解き体験~


今回のガイドコンセプトは、普段拝観できないならまちの中将姫ゆかりの寺、
誕生寺・徳融寺・高林寺を巡ることでした。

<行程>
近鉄奈良駅→猿沢池→庚申堂→元興寺小塔院跡→安養寺→誕生寺→徳融寺→
高林寺→元興寺塔跡→奈良市史料保存館  (歩程約3km)


4月15日(日)、雨天の中、14名の参加者、サポーター1名、アシストスタッフ2名が9時半に
近鉄奈良駅に集合。建物内で本日のコース概略を説明します。

近鉄奈良でのあいさつ
<近鉄奈良でのあいさつ>


猿沢池
<猿沢池>
まずは猿沢池に向かいます。池の成り立ちについて説明です。1493年には池が真っ赤に染まるという事件が。
その赤い正体は・・・。
いつも見慣れている光景がまた違って見えました。


庚申堂
<庚申堂>
上ツ道を南下し庚申堂へ。悪病や災難をもってくるという三尸(さんし)の虫はコンニャクと猿が嫌いというお話しを聞きます。屋根の上には見ざる・言わざる・聞かざるの三猿が乗っています


元興寺小塔院跡<元興寺小塔院跡>
すぐ横の細い道を通り元興寺小塔院跡へ。奈良時代の法相宗の高僧護命さんの宝篋印塔の案内です。護命さんが作った“護命味噌”は焼き味噌にゴマ、クルミを混ぜ込んだものです。奈良では“法論(ほろ)味噌” “飛鳥味噌”とも呼ばれています。


安養寺<安養寺>
雨中で足場がぬかるんでいましたが、ゆっくり歩いて安養寺へ向かいます。
安養寺は室町時代の建物です。切妻造、厚板段葺の屋根が仏堂では珍しいとのことで、皆さん傘を差しながら上を向き観察していました。


誕生寺極楽堂床下石仏<誕生寺極楽堂床下石仏>
さて、いよいよ中将姫の世界へ案内されます。姫生誕の地、誕生寺で御住職による中将姫伝説を聞きます。そして涙の和讃。境内には姫が産湯に使ったとされる井戸、極楽堂の下には豊成公が長谷寺で子授かりの祈願をした帰り、川で拾ったとされる石仏があります。


誕生寺での解説
<誕生寺での解説>
お寺を出ると雨があがっていました。資料を用いて中将姫伝説の解説を受けました。


徳融寺虚空塚<徳融寺虚空塚>
すぐ近くの徳融寺では本尊阿弥陀様の横の當麻曼荼羅を、ご住職のゆるやかな語りで始まり最後には謡うような曼荼羅絵解きが行われました。本家曼荼羅の4分の1のサイズで、色鮮やかに刺繍された下方には「旹貞享元甲子暦六月六日」の銘が記されています。その後境内散策です。


徳融寺豊成公中将姫御墓
<豊成公中将姫御墓>
豊成公と中将姫の石塔婆は高林寺にあったものが1677年に移されたものです。


高林寺門前
<高林寺門前>
高林寺は残念ながらご住職が急用で不在となり、門前での案内となりましたが、豊富に写真が用意されており、一同食い入るように見入っていました。


高林寺白牡丹<高林寺白牡丹>
俳人小林月史の句碑「白牡丹 法如尼いまも在(おわ)します」
句碑の横の白牡丹は、その年が暑かろうが寒かろうが中将姫の御会式の日に大輪の白い花を咲かせるといわれています。今年も美しい花を咲かせていました。


元興寺塔跡啼灯籠<元興寺塔跡啼灯籠>
元興寺塔跡へ寄り道をしました。ここの啼灯籠は、江戸時代京都伏見の呉服商人下村家が自宅に持ち帰ったが、毎夜家鳴りするので元の場所に戻したとされます。昭和19年に地震で倒壊し、平成22年に元の姿に修復されました。


奈良市史料博物館
<奈良市史料保存館>
12時半、奈良市史料保存館で解散しました。
企画担当者の入念な下見と豊富な資料で、内容の濃い案内がされました。予約が必要な三ヶ寺を同日で廻ることにより中将姫の世界観に触れることができました。



アンケートでは「一人では見られない、入れない所があって良かった」「テーマが良かった」
「初めて誕生寺のお堂に入った」と満足されたようです。


文・写真 ガイドグループ 寺田麻美

トピックス(今井町)

桜咲く頃、今井町の町並み再発見!(2018.4.1)
     ~中世に還り、往時を偲ぶひとときを~


戦国時代に織田信長と戦ったまち今井町、そして江戸時代に「大和の金は今井に七分」といわれるまで繁栄した町、称念寺を中心とした寺内町としての町並みは、平成5年12月8日に重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。その歴史ある町並みを今に伝える地にタイムスリップし、往時を体感しながら巡りました。

<行程>
近鉄大和八木駅→飛鳥川の桜→蘇武橋→山尾家→旧米谷家(見学)→音村家→
上田家→今西家(見学)→豊田家→称念寺→中橋家→河合家→高木家(見学)→
近鉄八木西口駅  (約3km)


4月1日、朝から好天に恵まれ、気候も散策するにはちょうど良い暖かさでした。
参加者26名 ガイド・スッタフ7名、午後1時前には全員が近鉄大和八木駅に集合していただきました。

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(近鉄大和八木駅構内)         (近鉄大和八木駅前にて)                      
予定より早く参加者が揃った班から出発しました。4班分かれてのスタートです。
早速、近鉄大和八木駅前にて、今井町の歴史や文化について説明をいたしました。

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飛鳥川沿いの道
満開の桜並木の下を今井町へと歩きました。


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赤い橋の蘇武橋を渡ると
今井町のシンボル 樹齢420年(推定)のエノキが、
皆さんを出迎えてくれました。


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いよいよ今井町です。今井町の案内板の前で
コースの案内と今井町・寺内町の歴史や文化について
説明をいたしました。


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(山尾家)                  (山尾家の入り口)
今井まち衆博物館として公開されています。「新堂屋」の屋号をもち両替商として栄えました。

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(米谷家の前で)              (米谷家住宅)
旧米谷家住宅(国指定重要文化財)
「米忠」の屋号をもち、広く金物商を営んでいました。18世紀中ごろの建築で、農家風の民家で、中に入って見学しました。

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(米谷家の土間)             (米谷家の離れの前で)
旧米谷家は、映画やCMの撮影にもよく利用されています。そのCMをスマートホーンで映像を見せながら説明をいたしました。

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音村家住宅(国指定重要文化財)
「細九」の屋号で金物問屋を営んでいました。
17世紀後半頃に主屋を建築しました。
音村家は時代の情勢に合わせて逐次増設、
増築されているので、町屋の発展を知る
貴重な建物であります。


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上田家住宅(国指定重要文化財)
1744年の建築の建物で、惣年寄の任を負い
「壺屋」の屋号をもち酒造業を営んでいました。


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(今西家住宅の西側より)
今西家住宅(国指定重要文化財) 
京都二条城の城郭を思わせる構造で
別名「八つ棟造り」呼ばれている豪壮な建物です。


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(今西家の入口)
歴史を感じさせる重厚なくぐり戸、
ここから中に入りました。


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(今西家の土間)             (土間の小屋組み)
今西家の歴史、特に惣年寄の筆頭としての役目や自治権を得ての裁判についての様子など、ここで生活をしながら、今西家住宅の維持管理や保存することのむつかしさと苦労話などをわかりやすく説明をしていただきました。

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(豊田家(国指定重要文化財))    (道路に敷設された今井町の案内板)

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(称念寺門前)
称念寺本堂(国指定重要文化財)
今井御坊と称され豊臣秀吉から今井の姓を賜る。
吉野太閤花見時には秀吉を招いています。
1887年明治天皇大和行幸の折には、行在所となりました。


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(中橋家住宅(国指定重要文化財)  (河合家住宅(国指定重要文化財)

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(高木家住宅)               (高木家の中を見学)
高木家住宅(国指定重要文化財)
屋号「大東の四条屋」で酒造業を営み、のちに醤油業も営んでいたことや
江戸時代末期の上層町屋の特徴的建物であること、今西家との違いや建物内部の特徴などについて詳しく説明をしていただきました。


桜咲く頃、今井町の町並み再発見!
好天に恵まれた中、ゆっくりと今井の町を巡ることができました。
今西家住宅・高木家住宅では建物内部の見学とわかりやすい説明をしていただきました。
今井の人々の長年にわたっての尽力により、保存と開発の両面から築き上げられた町並みが、
継承保存されている実態に触れあうことができました。
参加者の皆さまのご協力を得て楽しいツアーとなりました。ありがとうございました。

飛鳥川の河川改修工事や道路改修工事にともなって新設された公園で、参加者の皆さまに、
アンケートに回答していただきました。その感想の一部を紹介させていただきます。
・今井町は2回目ですが、楽しい半日でした.ありがとうございました。
 またよろしくお願いします。
・楽しかったです。ありがとうございました。
・楽しかった、今井のすごさにびっくり。また来たいです。
・ゆっくり見学できて良かった.時代の変遷に伴う、家屋の推移も勉強になった。
 今西、高木家を始め丁寧な説明があり、どうもありがとうございました。
・たくさんの家が大切に保存され、人が住まれているのに感心、家の説明がよくわかり
 良かったです。
・とてもよかったです。


文 写真 ガイドグループ 奥田八尋

トピックス(巨勢の道)

つらつら椿を愛でる巨勢の道(2018.4.8)

巨勢路は飛鳥から五條を経て、紀伊あるいは吉野に至る古代の一級道路である。
古代豪族・巨勢氏がこの地を本拠地とした。万葉集に詠われた「つらつら椿」を愛でながら、
その首長たちの墳墓や氏寺などを訪ねる。

<行程>
近鉄葛駅→新宮山古墳→安楽寺塔婆→安楽寺→巨勢寺跡→権現堂古墳→
阿吽寺(昼食)→川合八幡神社→水泥古墳→近鉄薬水駅 (約7.5Km)

4月8日、好天ながら冷え冷えとした天候で、ほとんどの方はダウンジャケットを着ていました。 ご参加26名の皆さんの内、女性は17名と大半を占める。

葛駅集合 新宮山古墳へ
午前10時に4班に分かれて、近鉄葛駅をスタート。

羨道に入る 新宮山古墳
<羨道を進む>             <新宮山古墳>
新宮山古墳には石棺が2基ある。天井にコウモリがいてびっくり。
古墳は初めてだという人も多く、皆 さん興味津々の様子。

安楽寺塔婆<安楽寺塔婆>
鎌倉時代に建立されたとされる三重塔。江戸時代に
初層のみを残して宝形造の屋根に改装された。


巨勢寺跡 巨勢寺心礎
<巨勢寺跡>               <心礎>
巨勢氏の氏寺とされ、塔跡と心礎が残る。
寺域は東西100m、南北200mと大規模であったと判明した。

権現堂古墳 権現堂古墳石枕
<権現堂古墳>             <石枕>
石室の奥壁側が破壊されており、奥壁側から石室内を見る。刳抜家形石棺の中に、奈良では珍しい石枕が造り込まれている。皆さんライトを照らして真剣に見ておられました。

つらつら椿 「つらつら椿」歌碑
<阿吽寺のつばき>          <犬養孝揮毫の歌碑>
「巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲ばな巨勢の春野を」     万葉集 巻1-54

「つらつら椿」を愛でながら昼食。 満開に近い状態だったので、皆さんご満足の様子。

川合八幡神社
<川合八幡神社>
川合八幡神社の祭礼は「ヒキアイモチ行事」。
餅の入った「コグツ」を引き回した後、
男たちが奪い合う勇壮な行事だったとか。


水泥南古墳 水泥古墳蓮華文
<水泥南古墳>             <石棺の蓮華文>
西尾さんご夫婦に暖かくお迎えいただく。 敷地内にある水泥南古墳には奥様にご案内いただく。今木双墓(いまきのならびばか)と呼ばれ、蘇我蝦夷と入鹿の墓とする説があるが、実際の年代と合わない。

水泥北古墳
<水泥北古墳>
水泥北古墳は西尾さん邸の裏庭にある。
石室の中に入り、その大きさを体感していただく。


水泥古墳から薬水駅まで10分ほど歩き解散。天候にも恵まれ、皆さんご満足の様子でした。

お客様アンケートからの抜粋:
「今回始めて古墳の中に入らせてもらったが、これ程興味深いものとは知らなかった」、「一人では行きづらいところにも行くことが出来て良かった」、「見所も多く変化があり、ツアー企画深耕の技あり」、「よく調べられていた」。
と概ね好評価をいただきました。ガイドのし甲斐があったと、一同大変嬉しく思っています。
ご参加の皆様、ありがとうございました。

文/写真 ガイドグループ 河井勇夫

トピックス(北山の辺の道)

五色の椿が咲く白毫寺をめざして(2018.3.24)
     ~帯解寺から北山の辺の道をたどる~

早春の北山の辺の道は、梅や椿の花が咲く静かな趣のある山里の道。御陵や寺社をたどりながら、奈良三名椿の一つである白毫寺の五色の椿を目指して歩く。

<行程>
JR帯解駅→帯解寺→下山八坂神社→円満寺→ベンショ塚古墳→円照寺参道→
崇道天皇八嶋陵→嶋田神社→白山比咩神社(WC)→鹿野園町八阪神社→
白毫寺(約5.5キロ)→高畑町バス停

2018年3月24日(土)、晴れ、参加者26名、ガイドスタッフ9名
午後1時JR帯解駅集合、全員で安産祈願の寺・帯解寺を拝観。

帯解寺山門 帯解寺本堂
(帯解寺山門)              (帯解寺本堂)
帯解寺信徒会館 帯解寺小町の宮
(帯解寺信徒会館)           (小町の宮)
 信徒会館で今年ソムリエ合格者の倉本さん(住職の娘さん)から由緒などの説明を受け、本堂の本尊地蔵菩薩像を拝観した。帯解寺は平安時代の文徳天皇の頃から安産祈願の寺として有名で、江戸時代の徳川将軍家、近年の皇室からも崇敬されている。境内の小野小町が立ち寄ったという伝説が残る「小町の宮」にも立ち寄った。

下山八坂神社 圓満寺
(下山八坂神社)            (円満寺)
 全体を2班に分けて帯解寺からスタート、下山町の「八坂神社・円満寺」を訪れた。八坂神社は江戸時代まで牛頭天皇、明治以降は素戔嗚尊を祀っている氏神さん。同じ境内で向かいにある円満寺は、庚申堂、毘沙門堂とも呼ばれる。奉納された算額でも知られる。

ベンショ塚古墳 円照寺入口
(ベンショ塚古墳)            (円照寺入口)
 次は、ベンショ塚古墳に立ち寄り、円照寺方面に向かった。
 ベンショ塚古墳は、5世紀前半の前方後円墳(全長70m)武具などが出土した。上に稲荷神社がある。
 円照寺は、大和三尼門跡寺院の一つで、山村御殿、山村御所とも呼ばれる、原則非公開。

円照寺参道からの山道 崇道天皇八嶋陵への道
(円照寺参道からの山道)       (崇道天皇八島陵への道)
 円照寺参道の途中から山道に入って、崇道天皇八島陵をめざす。

八島陵前石室古墳・八つ石 崇道天皇八嶋陵
(八つ石)                 (崇道天皇八島陵)
 崇道天皇八島陵とその前の「八つ石」を訪れ、八島町の嶋田神社へ。
 崇道天皇八嶋陵は、奈良時代最後の光仁天皇の第2皇子早良親王の墓。藤原種継暗殺事件に連座し、皇太子を剥奪され、淡路へ流される途中、恨みを飲んで淀川の辺りで餓死した。死にのぞんで9つの石を投げ、石の落ちた所に葬って欲しい遺言したら、そのうち8つの石が八嶋の地で見つかったので、崇道天皇と追号し、ここ「崇道天皇八嶋稜」に葬られた。
 八つ石とは、八島陵前石室古墳。古墳時代後期と見られる。道をふさぐようにあるため、石を取り除こうとすると工事関係者が死んだり病で倒れたりしたと言われ、祟りがあるとの伝承がある。

13嶋田神社の本殿 14白山比咩神社
(嶋田神社の本殿)           (白山比咩神社)
 嶋田神社の祭神は神武天皇の皇子・神八井耳命(かむやいみみのみこと)と崇道天皇(早良親王)。八島陵に明治時代まであった崇道天皇社を合祀した。本殿は江戸時代に春日大社第3殿を移したもの。
 嶋田神社から、藤原町の白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)へ、ここでトイレ休憩をとる。白山比咩神社の祭神は菊理比咩命(きくりひめのみこと)。

15鹿野園八阪神社への道 16鹿野園八阪神社への道
(鹿野園八阪神社への道)       (鹿野園八阪神社への道)
 白山比咩神社から、自衛隊の宿舎横を通り、田園風景の中を鹿野園町の八阪神社をめざす。

17鹿野園八阪神社への道 18鹿野園八阪神社
(八鹿野園八阪神社への道)     (鹿野園八阪神社)
 八阪神社の祭神・八柱御子神(やはしらのみこがみ)は天照皇大神と須佐之男命が誓約して生まれた宗像の三女神、天忍穂耳以下五男神の総称で、京都八坂神社等で祀られている。
 八阪神社から最後のポイント白毫寺まで山道をたどる。

19白毫寺の山門 20白毫寺 五色の椿
(白毫寺の山門)             (五色の椿)
 白毫寺では五色の椿が咲き始め、ヤブ椿や早咲きの桜も咲いていた。本堂や宝蔵を自由見学とした。

21白毫寺の子福桜 22白毫寺からの眺望
(子福桜)        (奈良市内の眺望)

 拝観終了後。参加者の希望を聞いた結果、大半の人を高畑町バス停まで案内した。午後5時頃終了。
 晴れてさわやかな早春の天候に恵まれて、参加者からも気持ちが良い日だとの感想が聞かれた。行程上もほぼ予定通り進めることができ、無事にツアーを終了できた。
 アンケート結果でも8割以上の参加者から満足との回答をいただいた。

                                                 以 上

トピックス(大官大寺)

幻の大官大寺を追いかけて(2017.11.19)
~天武朝の謎とその候補地を探る~

1300年前の飛鳥時代に思いをはせ、「幻の大官大寺」であるこの寺の候補地を訪れその謎に迫る古代ロマンの当ツアーです。

<行程>
JR香久山駅→吉備池廃寺→大官大寺跡→ギヲ山西遺跡→小山廃寺→奈良文化財研究所
→木之本廃寺→藤原宮跡→JR畝傍駅 (約6.5km)

朝から気温も低く寒い日でしたが、心配していた雨も上がり時々は日も差す日和でした。
37名の皆さんが、古代の横大路が通るJR香久山駅前に集合。
ガイド・サポーター13名が案内しました。
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早速、香久山駅前で説明を受けるグループや、歩きながら説明を受けるグループと思い思いの
スタイルで出発です。

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現在の横大路・国道165号線を渡って、吉備池廃寺へ向かいます。
          
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吉備池廃寺の入り口にある神武天皇碑の前で説明を受け、吉備春日神社で大津皇子の話を聞きました。遠くに二上山も見えています。



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吉備池の発掘調査によって巨大な古代寺院跡であることが判明しました。吉備池廃寺は舒明天皇が造営した百済大寺最有力候補地の可能性が高くなりました。
吉備池廃寺の発掘写真や航空写真・地図等を示しながら具体的な説明をしました。

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磐余池の候補地は、「磐余池」とは断定できないが、堤と池の堆積土が確認され、古代の池があったことは確実です。


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御厨子観妙法寺から天香久山の麓 万葉の森を歩いて飛鳥の里に向かいます。



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国史跡の「大官大寺」は、文武朝の造営によるものであり、水田の中に金堂跡・塔跡の基壇が残っています。

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大官大寺(文武朝)の西側にギヲ山と呼ばれる丘があり、周辺から古代瓦が出土してギヲ山西遺跡と呼ばれており、高市大寺の候補地の一つです。



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小山廃寺(紀寺跡)の説明 横の明日香テニスコートでは、第40回全国選抜高校テニス大会近畿地区大会開催されていました。

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奈良文化財研究所 昼食・資料室見学

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紅葉が見ごろの奈良文化財研究所より畝傍山を望む

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木之本廃寺―畝尾都多本神社周辺に木之本廃寺があったとされています。高市大寺の候補地の一つとして考えられています。

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藤原宮跡―日高山南方説の説明。
藤原京の朱雀大路の延長線上に高市大寺があったのではないかと説について説明しました。

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「万葉浪漫フェスティバルIN藤原宮跡」開催中でしたが、誰も立ち寄ることなく
醍醐池の前を通り、傳藤原宮海犬養門跡前で説明を受けて畝傍駅へと向かいました。
グループごとに順次解散しました。

幻の大官大寺(高市大寺)についての二つの謎 
① なぜ、急いで大寺を百済から高市に移したのか?
② なぜ、飛鳥から離れたこの場所を選んだのだろうか?
今回の謎解きのツアーは、いかがでしたか? 研究者の間でも意見が分かれています。
本当のところは、まだまだ時間がかかりそうです。
大和三山を常に眺めながら、一日ゆったりとした気分で歩くことができました。


文 写真 ガイドグループ 奥田八尋

トピックス(春日山原始林)

知られざる?世界遺産・春日山原始林(2017.12.3)
~神が鎮まる山に分け入り若草山頂へ~

世界遺産「古都奈良の文化財」(1998年登録)の資産群の中でも、春日山原始林は面積の半分(約300ha)を占め、市街地間近に大自然が残る静かな観光スポットです。
60回式年造替を昨年終えたピカピカの春日大社に参拝し、春日山原始林で巨樹を仰ぎながら森林浴を楽しみ、若草山山頂では、うまし国のパノラマを見ながら昼食をとり、最後は、春日野フォーラム甍の名庭を散策するツアーでした。

<行程>
春日大社本殿バス停⇒ 春日大社 ⇒ 水谷神社 ⇒ 仏頭石 ⇒月日磐 ⇒ 
春日山遊歩道 ⇒ 若草山山頂(昼食)⇒ 若草山ハイキングコース ⇒ 
春日野フォーラム甍  庭園を散策し解散  (約6.5km)

当日は好天の下、65名の方に参加頂き、10班に分かれ上記コースを巡りました。
以下に、そのガイド風景をご紹介します。

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受付場所に集まられた参加者の皆さん。受付後、班別にコース概要の説明をしました。

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春日大社拝所の東端で、式年造替直後の朱色が眩しい本殿を説明。
          
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     水谷神社(東側)            水谷神社(西側)        
社の東側で、床下の磐座の説明を受けた後、西側で、イブキの巨樹の中に生えたスギを眺める皆さん。

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原始林の入口間近にある仏頭石を拝観する皆さん  <仏頭石>
仏頭石:6角柱の頂部に如来面、体部に六観音を彫る異形の石仏。

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川の中の月日磐を覗く皆さん           <月日磐>
月日磐:聖水水谷川の途中にある“月日”を彫った石。氷室神社の創建地。

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好天に恵まれた晩秋の春日山原始林、若草山山頂へゆっくりと歩を進めます。

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途中、台風21号の爪痕を確かめる。台風の被害で、春日山遊歩道は一時通行禁止に。

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若草山山頂に到着、うまし国、大和の眺望。絶景!

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昼食後、ススキとワラビの若草山を下山。下る途中、神が鎮まる御蓋山が眼前に。

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「春日野フォーラム甍」の庭園を散策。木の葉の彩りがまだ鮮やかでした。

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「春日野フォーラム甍」前で班ごとに解散。お疲れ様でした。
プロフィール
奈良をよく知り、奈良を愛するボランティアガイドのグループです。奈良の本当の素晴らしさを皆様にお伝えします。 奈良観光のご相談も、お気軽にどうぞ。

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